個人的には、いわゆる「自己啓発本」「成功本」の類に書いてあることは、読み物としては面白くても、効果のほどについては話半分に聞かなければいけないと思っている。なぜかというと、ほとんどの本は「わたしはXXをしたから成功した、だからあなたもXXすれば成功する」というロジックで書いてあるから。ここで「XXは成功に対して効果があった」ということをちゃんと示すためには、「他の条件を全く同じにしつつ」、比較対照群として「わたしはXXをしなかったら成功していなかった」ということも同時に示さなければいけない。個人でこれを立証するのは不可能だから、こういうロジックで書いてあることを鵜呑みにするのはどうかと思う。

これは巷に溢れるいわゆる「英語学習本」「英語教材」に対しても同じで、ほとんどが「私はこういうメソッドを使ってTOEIC 990点を取った、だからあなたもやればTOEIC 990点を取れる」というロジックで書いてある。こういう本の著者に限ってだいたい留学したりMBAを取ったり外資系に勤めたりしていて、英語力向上の背景にある他の要因、例えば自分の内発的な動機とか外部環境とかを一切無視していたりする。だいたいそういう状態におかれた人のモチベーションの高さというのはすさまじくて、そういう人は実際、その主張するメソッドを使わなくても英語力が向上してTOEIC 990点を取っていた可能性が高い。つまり言ってるのは「必要に迫られたのでとにかく必死に勉強したら英語力が上がったよ」ということでしかない。そりゃそうだろうね。

そういった意味で、この本外国語学習の科学ー第二言語習得論とは何か(白井恭弘著)には好感が持てる。外国語学習(Second Language Acquisition)論のまとめとしても使えるように、との筆者のねらいから、「外国語を学習するとはどういうことか、どういう要因がその成果に影響を及ぼすか」ということについて、あらゆる側面についての研究が紹介されている。根拠となる参考文献も全て示されているので、必要に応じてソースに当たれるし、主張の信憑性はいわゆる「英語学習本」よりもはるかに高いとおもう。トピックは、ばっと列挙するだけでも「第2言語学習における母語の影響はどのくらいか」「学習開始時の年齢要因・臨界期は存在するか」「文法事項はどういう順番で学習されるか」「アウトプットは必要か」「効果的な教授法はどのようなものか」などなど多岐に渡っていて、それだけでもとても質の高い「まとめ」になってる。

もちろん、「効果的な外国語学習法」を求めてこの本を読みたい人もいると思うのだけど、それだけを目当てに読むと、途中では研究や基本概念の紹介などが続くので「ようするにどうすればいいの?」としびれを切らすかもしれない。でも、最後にちゃんと「効果的な外国語学習法」という章があって、ここでは研究成果を踏まえながら学習法についてのまとめが書いてあるので、最悪、邪道だけどここだけ読んでもエッセンスが分かるかもしれない。とりあえず下に、この本に書かれている外国語学習についての主張を、自分のバイアス付きでまとめてみるので、簡単に知りたい人は参考にしてみてください(各項目の最後の段落が、自分の意見で、それ以外は著者の主張もしくは紹介です)。

始めるならなるべく早く

どうやら年齢要因はかなり強いらしいので、外国語学習を始めるなら早いに超したことはない。ただし、いわゆる「臨界期(この年齢を超すと外国語学習が著しく困難になる年齢)」の存在については研究者間でも意見が大きく分かれている、とのこと。

個人的には、「始めるならなるべく早く」ということには、機会損失を防げるというメリットが一番大きいと思う。逆に言うと、英語を1年間勉強するのが遅れたら、その1年間に「もし英語ができていたら享受していたかもしれない恩恵」を失うデメリットが大きい。個人的な経験だけど、一度身につけた英語力は、使い続けているうちは簡単には減らない。そして不思議なことに、英語ができる人ほど英語を使い続けるためのコストは小さいし、使い続けられる環境に恵まれる確率も高くなる。これはロケットの慣性に似ている。

大人になってからネイティブ並みの発音を身につけるのは著しく困難

これは多くの人の経験とも一致すると思う。でも個人的には、「ほぼネイティブレベル」ならそんなに難しくないと感じるし、ほとんどの人にとって「ほぼネイティブレベル」で十分。むしろ「イントネーションとかリズムの方が個々の音の発音よりも重要」というのが知見だそうだ。

外国語学習に対する「適性」というのは確かに存在する

アメリカでは、どうしても外国語が学習できないという「外国語学習障害」というのが認められつつあり、これに認められると大学の外国語の単位を免除されるらしい。残念ながらこういう人はある割合で存在するが、大切なのは、適性を多様に捉えて、自分の適性(分析が得意か記憶が得意か)に合った学習法を使うことだという。

性格が外向的なほど良い

いわゆる「非コミュ」は外国語学習に対しても不利だそうだ。ただし、内向性というのは、学業成績とは正の相関があるそうで、こっちのほうが個人的には興味深い内容だった。

学習対象言語を話す人や文化に興味を持つ

これを「総合的動機付け」と言い、「TOEICが必要」「就職に有利」といった「道具的動機付け」よりも重要であるそうな。

「アメリカかぶれ」みたいなのも結構重要ということか。

インプットはものすごく大切

外国語学習には、意味の理解できる文を大量にインプットすることが欠かせない。これに反対する研究者はいない。「聞いても20パーセントしかわからないような教材を聞くより、80パーセント以上分かる教材を何度も聞いたほうが効果があります」とのこと。

これはまぁ、最近ではほとんどの英語学習本にも書かれていることなので大丈夫かと。もちろん、学校の授業や英会話学校だけでは圧倒的に足りない。

「アウトプットの必要性」

アウトプットそのものが言語能力の向上につながった、という結果はあまり出ていないそうだ。「それまでまったく話さなかったのに、突然完璧な文で言葉を発し始めた子供」が居ることから、必ずしも実際にアウトプットする必要は無いようだ。ただ、こういう子供らも、その前には必ず頭の中で無意識的にしろリハーサルをしていると考えられるから、キーとなるのは「アウトプットの必要性」だそうだ。

実際、頭の中でリハーサルしているときの脳の活動をfMRIで調べると、実際に話しているときに近い活動が観察されるとのこと。これは、英語を話している時間が何倍にも増えたようなもの。

「英語学習にはアウトプットが大事!」というのが最近の潮流だと思うけど、必ずしもそうでないかもしれない。英語学習本によく書いてある「英語で日記をつけてみる」「英語で独りごとを言ってみる」というのも重要かもしれないけど、実際に口に出す必要はなくて、頭の中でリハーサルするだけでも同じ効果が得られるということ。

スピーキングのしすぎも問題

ブロークンな表現が身に付いてしまう可能性があるので、あくまで「インプット>アウトプット」で。バランスを大事に。

そういえば勝間和代氏が、著書の中で「勉強においてはインプットとアウトプットは半々にしろ」という主旨のことを述べているけど、これは外国語学習には必ずしも当てはまらないので、特に初心者のうちは気をつけたほうがいいと思う。

三単現の-sができないからといって落ち込まない

多くの研究によって、三単現の-sが実際に使いこなせるようになるのはかなり後のことだということが示されているとのこと。

これは自分にとっても目からうろこだった。確かにそうだよなぁ。今でこそ、この三単現の-sとか、疑問文とか否定文では動詞が原形、現在完了では過去分詞形、といったことについて、話してるときにもほどんど間違えなくなったけど、けっこう最近(具体的には、TOEICで 800点台まで)は話していてもしょっちゅう間違えていた。この文法規則を学習するのは中学生なのだけど、「自分はこんな簡単なこともできないのか」と自分を責める必要は無いようだ。

言語を使ってメッセージを伝える、ことに学習活動の重点を置く

つまり、英語「を」学ぶのではなく英語「で」学ぶ、ということ。自分の興味のある分野を読んだり聞いたりすると良い。

単語は文脈の中で覚える

大人になると、九九のようにひたすら暗記する能力が下がるので、文脈と結びつけたり、必要であれば語呂あわせをつかったりして単語を覚えるのは大切。

結局内容をまとめると、最も大事なのは「インプット理解とアウトプットの必要性」であって、これは巷に溢れる「英語学習本」に書いてあることの最大公約数的なアイデアなのには少し拍子抜けしてしまうかも。でも、巷に溢れる「英語学習本」を何十冊も買ってきてその最大公約数を取るよりは、この本を1冊買ってそのエッセンスを理解した方がはるかに安上がりなんじゃないかな。